第4回 「ルールが変わる、ゴルフが楽しくなる」 そのⅠ




皆さんは来年1月1日より、ゴルフルールが大幅に変わることをご存知でしょうか。ここ数年、ゴルフ雑誌やスポーツ新聞等で頻繁に取り上げられており、目にされた方も多いと思います。また2020年東京オリパラを間近に控えた今、なぜ変更をするのかといった疑問を持たれる方もいるでしょう。今回はメディアの報道とは少し視点を変えて、このルール改定問題の背景や意図についてお話しします。

■ルール変更が必要となる背景
これまで3回、ゴルフの持つ本来の素晴らしさや日本のゴルフの特殊性についてお話しをしました。そして、現在日本のゴルフ人口が減少し続けていること、少子高齢化の影響が大きくなる将来はより厳しい環境になることも、説明しました。しかしゴルフ人口の伸び悩みは日本だけでなく、米国や英国でも深刻な問題となっています。サッカーに比べると競技国数や参加人口は大きな差があり、オリンピックに関しても今後正式競技として存続できるかどうか、心配になる状況です。
このような問題が生まれる背景は夫々の国により異なりますが、共通するのは「ルールの分かりにくさ」と、「楽しみを目的とする一般アマチュアゴルフに対する配慮の欠如」にありました。遅まきながらこうした原因に気付いたルールの総本山である「R&A」は、3年ほど前から世界のゴルフ組織と連携したプロジェクトチームを立ち上げ、ゴルファーや非ゴルファーに対する調査を実施し、「より多くの人にゴルフを楽しんでもらうために、どのような対応が必要か」といった課題について検討をしてきました。その結果最初に取り組んだのが、「ルールの改定」と「女性ゴルファーの開拓」という二つのテーマでした。もしゴルフビジネスがサービス業の範疇であるとすれば、こんなことをいまさら取り上げていること自体不思議な話ですが、ゴルフ界関係者にはそういった認識すらなかったのも事実です。しかしこうした原因を掌握した後の対応は非常にスピーディーで、次々と大胆な方策を打ちだしており、300年近い歴史を有するR&Aはロゴマークまで若者や女性の感性に合うものに変えるなど、改革への姿勢を明確にしています。
日本でも最近様々な組織や企業が市場調査を実施していますが、若者がゴルフに興味を示さない大きな要因として挙げた点は、「ルールが難しく面倒であること」と「ほぼ1日必要となるプレー時間」でした。
プレー時間についても、ゴルフ場が生活地から離れているという地理的な要因以外に、煩雑なルールやプレー方法等も影響を与えていることが明らかになってきました。
それではゴルフルールは何故こんなに分かりにくく、一般的なゴルファーが楽しむことができない形態になっているのでしょうか? この点について少し考えてみます。

■ゴルフルールの始まり
ゴルフがまだ遊戯の域にあった頃の競技形態は、マッチプレーが主流でした。これは二人でする競技方法ですから、当事者同士がその日の気分でルールをとり決めれば良かったわけであり、共通ルールは必要ありませんでした。それでも各クラブには申し合わせ的な規約はありましたが、それは主に「エチケットやマナー」に関するものが多かったようです。こうした点も、「ゴルフが紳士のスポーツ」と称される要因になったのでしょう。その後個々のゴルフクラブで、多く人が参加する競技会や各クラブの対抗戦が実施されるようになると、一定の共通ルールの設定が必要になってきました。さらに新しい競技形態として、ストロークプレー方式が導入され始めると、共通ルールの必要性がさらに高まってきました。
こうした背景から生まれたのが、現在の「ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セントアンドリュース」の前身である、「ソサエティ・オブ・セント・アンドリュース・ゴルファーズ」が、1754年に設定した「セントアンドリュースの13ヵ条」であり、これが世界最初のゴルフルールだと言われております。
その13ヵ条の条文は、次の通りです。

≪セントアンドリュースの13ヵ条≫
(第1条)
ティーはホールからワンクラブ以内にセットすること。

(第2条)
ティーは地上に設定すること。

(第3条)
プレー中のボールは交換してはいけない。

(第4条)
ボールを打つために石、骨などを取り除いてはならない。ただしフェアグリーン上で、自分の球からワンクラブ以内なら良い。

(第5条)
水、ぬかるみに入ったら任意に拾い上げ、ハザードの後ろに少なくとも6ヤード投げて、そこからプレーを続行すること。ただしボールを拾ったことで、敵に1打譲歩しなければならない。

(第6条)
ボールが接触していたら、後方のボールを打つまで、前方のボールを拾い上げなければならない。

(第7条)
ホールに入れるときはホールに向かって打つこと。自分のライン上にない敵のボールを、狙ってはならない。

(第8条)
もしボールを取り上げられたり、その他の原因で失った場合は、最後に打った地点に戻って、別のボールをドロップしてプレーすること。)この災禍で、敵に1打譲歩しなければならない。

(第9条)
ホールに入れる時、クラブなどでライン上に“しるし”をつけてはならない。

(第10条)
人、馬、犬など、いかなるものによりボールが止められても、止まったところからあるがままの状態でプレーしなければならない。

(第11条)
スウィング中いかなる理由にせよクラブが破損したら、ワンストロークとしてカウントすること。

(第12条)
ホールよりもっとも遠いボールのプレーヤーからプレーすること。

(第13条)
壕、溝、あるいは堀はハザードとみなされない。ボールを取り出してプレーし、いかなるアイアンクラブでも、ペナルティなしでプレーすること。

最初のゴルフルールは、このようなシンプルで分かり易いものでしたが、まだマッチプレーへの対応要素が強かったようです。それでも第10条に明示された、「止まったところからあるがままの状態でプレーしなければならない」という文言で分かるように、ゴルフの根幹となる基本的精神は既に織り込まれていました。この13ヵ条をたたき台として、時代背景の変化やプロ競技会増大への対応、ゴルフ用品の進化に対する規制等の必要性により追加や修正を重ね、現在のゴルフルールが出来上がったのです。

■ゴルフルールが複雑化した原因
ゴルフ発祥の地をスコットランドとする見解については異論をはさむ余地もありませんが、それは限られた地域における遊戯的な色彩の濃いものであり、今日の世界的なスポーツとしてのゴルフとは、形態も規模も随分異なるものでした。スコットランドのゴルフは、伝統的なアマチュアリズムを重視する傾向が強かったのですが、こうした形態と異なる商業主義的スポーツの流れを創ったのが米国でした。今日のプロトーナメント(オープン競技も含む)の運営システムのほとんどが、米国で完成されたと言っても過言でありません。莫大なトーナメントの賞金と運営費の調達方法、開催地域の活性化、ゴルフ人口の急激な増加、ゴルフ用品ビジネスの拡大等、全て米国を中心に進化しました。
こうした環境の中でルールも、トーナメントの運営を如何に円滑に進めるか、いかに収益を上げるかといった点を重視し、改定が進められたのです。少なくとも「一般ゴルファーが楽しむため」といった考えは、関係者の間に無かったはずです。
私は以前から、ゴルフルールも「Wスタンダード方式」を導入すべきだと主張してきました。即ちゴルフのあるべき精神は共通であるとしても、ゴルフルールや競技形態はプロとアマチュアでは別の仕組みを導入すべきだとする考えです。ただ、畑違いのマーケッターに過ぎない私の提案など、取り上げられることはありませんでした。その原因は、「ゴルフ競技は全て共通のルールのもとで」とする、伝統的な思想が存在していた点にもあると思われます。しかしゴルフ界の関係者が、参加人口や市場規模の拡大を実現し、国民的・世界的スポーツとしてのポジションンを確立したいと望むなら、従来の保守的な考え方を改めることが必要な時代になっていることを認識し、迅速に行動をしなければなりません。
車市場を例にとると、もし「F1レース」の車両基準や競技方式を唯一の仕組みとして導入したとすれば、日本固有の軽自動車など存在しないし、今日のようなモーターリゼイションの発展も実現していなかったことでしょう。スポーツの世界でも、トップアスリートと体力や目的が異なる小学生とでは、ルールや競技方式や施設形態等が異なる「Wスタンダード」的対応をしているような例は、数多く見られます。そもそも「ゴルフ競技を職業とするプロと同じルールや競技システムで、人生を豊かにするためにゴルフを楽しむ人たちを縛ることは無理な話」であり、それがゴルフ人口の世界的な伸び悩みに繋がっているということは、誰でも感じていることです。そこでルールの総本山であるR&AやUSGAの関係者は、一般アマチュアゴルファーの視点にたったルールの改定に踏み切ったわけです。まだルールの「Wスタンダード」化導入には、ほど遠い内容ですが・・・・。

■変更が目指す目的
以上のような背景から始まった今回のルールの改定の趣旨は、「分かりやすく、簡単に、不要な罰をなくし、プレーのペースに役に立つよう」であり、展開としては主に次の三つの課題の達成を目指すものです。

  1. ルールの簡素化によるプレー時間の短縮を実現する
  2. 「ゴルフルールは複雑すぎる」との声に応えることで、ゴルフ人口減少に歯止めをかける
  3. ゴルフをより身近なものにし、世界的な普及を目指す

この三つの課題達成を目指したルールの具体的な改定内容については、次回ご説明します。

1870年に撮影されたセントアンドリュースクラブハウス前でのメンバー集合写真


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